コラム

「母」を感じるために

 

 

この記事は、わたしがこの先一生忘れないために残しておこうと思った気づきです。

 

 

わたしは、周りも呆れるほどの不安症で怖がりです。

 

ちょっとでも身体に異変や異常があると、「何かの病気なのでは?」と怖くなるし、

ちょっとでも日常とは違うことが起きると、「何か悪いことの前触れなのでは?」と怖くなる。

 

自分で書いてても呆れます。笑

 

不安な思考が浮かび、それに対してまた不安になり。

いつもその繰り返し。つまり、いつも不安と恐れに支配されている状態。

 

いろんな心理メソッドを使って不安や恐れを解消しようとしてきました。

そして、解消するのではなく、感じること、寄り添うことが大事だということにも気づきました。

 

それでもまだ、不安や恐れがわたしに付き纏うんです。

 

そんなとき、幼い頃のある記憶が、急に意識に飛び込んできたのです。

 

 

わたしが小学校のブランコで大怪我したときのこと。

 

痛くて、辛くて、怖くて。そんな思いを抱えながら、一人帰り道を歩いていました。

そこへ偶然、母が向こう側から歩いてくる姿が見えたのです。

 

その瞬間、わたしは、大きな大きな声で、泣きじゃくりました。

 

もともと激しく泣きじゃくる子どもではなかったので、

母はとてもビックリした様子で、でも優しく話しかけてくれました。

 

わたしは言葉にならない声で、母に抱きつきながら、起きたことを伝えました。

 

そんな記憶。

 

 

わたしは、大きな大きな安心を味わいたいがために、

大きな大きな不安を感じていたんです。

 

あのときの母の優しさ、母の温かさ、母の安心感。

どんなに大きな不安や恐怖でも一瞬で溶かしてしまう、穏やかな母の安心感。

不安や恐怖が一瞬で溶ける、あの感覚。

 

それを感じるために、不安や恐怖にわたしを支配させていたのです。

 

不安や恐怖が大きければ大きいほど、安心感も大きく広がるから。

 

 

改めて活字にすると、滑稽な話です。

安心感を得るために、不安や恐怖に自分を支配させるなんて。

 

 

そもそもわたしは、不安や恐怖を感じていないときでも、

安心や優しさ、温かみを、母からもらっていたんです。

そして父からも。

 

何かが起きても起きなくても、常に与えられていた。

当たり前のように。

 

 

だからもう、「安心を得るための不安や恐れ」はいらない。

 

そんな手段を使わなくても、わたしの中には、

今まで与えられてきた優しさ、温かみ、安心感がある。

 

いつでも思い出すことができるし、いつでも感じることができる。

 

だからもう、大丈夫。

 

 

そんなことを思った昼下がり。

 

気づいたことはその場で残しておかないとすぐ忘れてしまうわたしなので、

今ここに、残しておきます。

 

母と父に感謝。

 

 

Love❤︎あや

 

 

 

©︎2017[心美眼塾]鈴木あやこ All Rights Reserved.